2005年02月03日

「処女はお姉さまに恋してる」SS:2(できれば紫苑ルートクリアが望ましい)

『雨の中』

 静かに、囁くような音を立てて雨が降る。
 気付いた時には、もう外は曇天に覆われていて、淡いヴェールのような雨が窓の外の景色に重なっていた。絶え間無い雨音は心地よい響きを奏でていて、目蓋を閉じると押し寄せる小波のようにも思える。
 それも折り畳み傘を持ってきたという余裕があるからなのだろう。私はそう思って苦笑した。きっと傘を忘れていたら感情を反転させて恨めしく思ってしまうかもしれない。もしくは、仕方が無いという諦めに包まれてしまうだろうか。
「………あら、瑞穂……さん?」
 階段を下りて、下駄箱に向かったところで私は見知った姿を見つけた。私と同じくらいの背丈に、同じくらいの長さの髪を持った恵泉女学院生徒。だけど、性別と言う絶対的な点をもって私と相違するクラスメート―――宮小路瑞穂さん。
 その背中は少し気落ちした雰囲気を持っていた、エルダーという立場からか、男性だからか、瑞穂さんは何かと悩み事を抱えていることが多い。
「どうかしましたか、瑞穂さん?」
「あ、紫苑さん」
「また何か悩み事ですか? 私でよろしければ、お力になりますわ」
「いえ、そんな大したことじゃないんです」
 そう言って瑞穂さんは微笑む。本当、目の前の人物が男性ということを忘れさせる笑顔だ。
「傘を忘れてしまいまして……」
「ああ、成る程」
 瑞穂さんは近くの学生寮から通っている為、夕方から雨が降ると言っていた天気予報も問題ないだろう、と楽観していたらしい。確かに、瑞穂さんは帰宅まで時間なら寮生に敵う生徒はいないだろう。雨が降る前に帰宅できると瑞穂さんが思うのも無理は無い。
 しっかりしているようで、抜けているのは瑞穂さんらしい。
「それでは瑞穂さん。寮まで私の折り畳み傘でご一緒しましょう……それでしたら濡れて帰る必要もありませんし、寮に電話をして傘を取って来てもらう手間もかけずに済みます」
「いいんですか?」
「ええ」
 こうして、私たちは一つの傘を共有することとなった。
 折り畳み傘なので肩を並べるだけでは雨に打たれてしまう。少し遠慮する瑞穂さんに私は肩を触れ合わせるまで近づく。
「あ……」
「それだと濡れてしまいます」
 足並みを合わせて大雨の下へと出ると、大地を打つ静かな雨音が一転、傘を叩く独特の軽い音に変わる。まだ少し濡れてしまいそうなので、私は肩をさらに寄せた。
 すると、瑞穂さんが気を利かせて、
「お世話になりっぱなしですから、傘は私が持ちます」
「あら、甘えてしまってよろしいのかしら?」
「それを言われたら、もう私は紫苑さんに甘えっぱなしになってしまいます」
 それもそうですわねと、私は笑う。
 少し慣れないけれど心地よい感覚だった。甘えられるのも、甘えるのも。
 瑞穂さんは私から傘を受け取ると、外側に位置するもう片方の手の鞄を抱え直した。私も瑞穂さんに倣う様に両手で鞄を抱え直す。
 それからは、雨粒の叩き付ける音をBGMに、他愛も無い話をしながら私たちは雨の中を進んだ。足並みを揃え、瑞穂さんから離れないように気をつけながら雨道をゆく。
 私は、ふと一つのことを思う。
 さすがに恋人同士には見えないでしょうね、と。
 瑞穂さんはどこからどう見ても女性であり、私たちはどこからどう見ても友人関係にしか見えないだろう。
 それは仕方が無いこと。
 瑞穂さんの事情にしても、私の事情にしても。
「………………」
「……さん……紫苑さん」
「あ、は、はいっ」
 慌てて顔を上げれば、そこはもういつも別れる場所だった。ここで私は校門側に、瑞穂さんは学生寮側へと向かわなくてはいけない。
「ここまでで大丈夫です。雨脚もそんな強くないですし、これなら走ればそんなに濡れなくても寮に戻れます」
「……そうですね」
「それじゃあ、ありがとうございまし―――」
 別れの挨拶は最後まで私の耳にまで届かなかった。
 私が、傘を差し出した瑞穂さんの掌に、自分の掌を重ねたから。
「紫苑さん?」
「どうせですから、寮まで行きましょう。瑞穂さんが濡れないようにと一緒にここまで来たのに、最後の最後で瑞穂さんが濡れてしまっては此処まで来た意味が無くなってしまいます」
「………それもそうですね。すいません、甘えさせてもらいます」
「それでしたら、謝らないで下さい……ね、瑞穂さん」
「……はい。ありがとうございます」
 私たちの足並みは、別れることなく寮への道へと向かう。
 ずるいことをしてしまった。少しだけ、そう思う。相合傘の時間を引き延ばすために、出任せに近い勢いで“一緒にいたい”という感情を言葉にしてしまった。もう少しだけ、恋人同士のような状態を楽しみたいと、そう思ってしまった。
 無理なのに。
 私と瑞穂さんが恋人同士になるなど。
 そんな、夢みたいなこと。
「………………」
 だからこそ―――なのかもしれない。
 無理だから。叶うことの無い夢のような関係だから。私はこの一時だけは恋人同士のような状態でいたいと思ったのかもしれない。
「紫苑さん、本当にご一緒させていただいてありがとうございます」
「いえ、当然です。私たち……友達、でしょう」
「ええ、そうですね」
 たとえそれが、私だけが思う自己満足だとしても。

 雨脚が次第に強くなり、深いヴェールと激しい雨音が私たちを包む。
 周囲を歩く人は誰もおらず、狭い傘の下にいる私と瑞穂さんのみ。

 私は、もう少しだけ瑞穂さんに肩を寄せた。

<了>
posted by 10=8 01 at 00:36| Comment(4) | TrackBack(0) | おとボク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「雨の中」あとがき
組み合わせ的には紫苑×瑞穂な人なので、紫苑視点でこんな話を。
紫苑はいいっすね。こう、瑞穂をいぢめる悪人な笑顔とか。

それでは。
Posted by 10=8 01 at 2005年02月03日 00:40
はじめまして
紫苑さんの切なさと雨がマッチしててグッときました
ちょうどさっき本編の紫苑さんルート終えたとこでもありまして。

紫苑さんいいですよねえ
狙ってるようで実は天然で
本編カナちゃんに抱きつくときにフラフラな理由が
むっちゃ萌えた人ですw
Posted by もーん at 2005年02月13日 03:39
はじめまして、10=8 01さん。
おとボクの小説は数が少ないけど、この小説は凄く読み易くて、楽しかったです。
雨と紫苑さんの切なさが、なんというか、心地よかったです。
自分的にはツンデレの貴子さんが好きでした。
あの転がりそうな態度がw
FATEとか、創作活動お忙しいでしょうが、次もまた読んでみたいです。
これからも頑張って下さい。
Posted by 豆大福 at 2005年07月21日 09:24
お二人ともご感想ありがとうございます。
正直、勢いで書き綴ったようなものなので、満足な出来ではないですが楽しんでいただいたようで何よりです。ツンデレの破壊力も凄かったですけれど、それでも紫苑さんで頑張りたい、とか思ってたり。何か好きなんすよ。
それでは。
Posted by 10=8 01 at 2005年07月23日 02:34
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